ピカソ わかりやすく解説
こんにちは。
本日はピカソについて簡単にご紹介したいと思います!
最後にはイベントの紹介もさせていただきます。
ぜひ最後までお読みください!
01. ピカソとは
ピカソの本名を知っているでしょうか?
パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・シプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ
です。
なぜこんなに長いのかというと、聖人や親戚の名前を並べているからです。
名前が長いほど幸福が宿ると考えていたからです。
彼はスペイン南部のマラガで生まれました。父が画家だったためなのか、初めて発した言葉は”鉛筆”だそうです。
彼は8歳で初めて油絵を描きました。
彼の作品数の多さに圧倒されます。
約1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、”最も多作な芸術家”として「ギネスブック」に記されています。
また、彼は生きている間にルーヴル美術館に展示された初めての画家として知られています。
彼は画家としてだけでなく、詩人兼脚本家としての顔がありました。
バレエの衣装を手掛けたり、末期には陶芸に没頭しました。
91歳、フランスのムージャンで肺水腫により亡くなりました。
彼は作風を変えながら、多くの作品を残してきました。
次の章でそれらを見ていきましょう。
02. 作風の変化
多くの作品を残したピカソですが、彼の作風に影響を与えたのは数多くの愛人でした。
彼は仕事以外の時間、孤独を嫌いました。そのため、たくさんの愛人を作りました。
生涯2回結婚、3人の女性との間に4人の子どもを作ったそうです。
2-1 青の時代
彼が若いころは「青の時代」と呼ばれており、名前の通り、青く暗い作品を残してきました。このような作風に影響を与えたのは、友人の自殺でした。彼はとてもショックを受け、それが作風にも表れたようです。
現在、「青の時代」という言葉は孤独で不安定な青春時代を表す言葉となっています。
2-2 バラ色の時代
この時代から恋人を得ることで少しずつ精神が安定してきました。
「パイプを持つ少年」がこの時代の代表作となっています。
この少年はピカソのアトリエにボランティアとして来ていた10代のモデルとされています。
また「サーカスの時代」とも呼ばれ、道化師などをモチーフにしていました。
2-3 アフリカ彫刻の時代
この時代はピカソが20代後半の時です。
アフリカ彫刻、古代イベリア彫刻の影響を強く受けました。
上の絵は、この時代の代表作、「アビニヨンの娘たち」です。
この時代に研究していた技法が後の作品の繋がります。
2-4 キュビズムの時代
キュビズムとは「他視点」の絵画様式で、他視点を基に、様々な面や角度から対象を観察し、一つのキャンバスに作品を描くことです。ジョルジュ・ブラックと共に確立しました。
この時代はピカソの生活が安定した時代と言えます。
この時代の代表作は「素人闘牛士」です。
2-5 新古典主義の時代
第一次世界大戦でジョルジ・ブラックや友人が徴兵されて、彼に関わっていた人を失うことや、イタリア旅行で古代の都市、遺跡を訪れることで、新古典主義の時代に突入した。写実的で体に比べて大きい手足などデフォルメされた作品が多く、キュビズムと融合した作品が多いです。
「海辺を走る二人の女」が代表作です。
2-6 シュルレアリスムの時代
シュルレアリスムとは「超現実主義」とも言われ、夢と現実が矛盾した状態を表現しています。
妻との不仲により、精神の不安定さが作品に表れています。
「三人の踊り子」が代表作です。
2-7 ゲルニカの時代
1937年、ドイツがスペインのゲルニカを爆撃したことを非難する大作「ゲルニカ」が生まれた時代です。
戦争によって与えられる様々な恐怖や苦しみ、悲しみなどが表されています。
03. 最新イベント情報
2023年2月4日~5月21日まで国立国際美術館にて「ピカソとその時代」という展示会が行われます!
日本初公開作品は76点もあり、展示室内一部撮影がOKです!
詳しくはこちらから飛べます。
04. まとめ
いかがだったでしょうか。
ざっくりとピカソについておわかりいただけたと思います。
ぜひ、国立国際美術館に足を運んで、みなさんの目で作品を確認していただきたいと思います!!